|
「新!コニー復元物語」 |
|
2005年も終わりに近付いたある日の早朝、荷台側面に何も書かれていない一台の幌付きトラックが
名古屋港に近いある工場の門から静かに出発した。
トラックのキャビンには眠気を堪えた影が三つ、いつも通り冷静な運転手と
初めての遠征に意気揚がる若者、そして何事にも慎重な心配性の助手を乗せ、
それぞれの思いを胸に最寄の高速インターチェンジを目指したのであった。
「キンコーン」トラックに備え付けられたETC車載器が有料道路への進入を告げて、
名古屋港を望む大きな橋梁を渡り始めた。さすがに最高速130km/h設計の高規格道路、
幅が広いうえに3車線もあるから投影面積が広く風の影響を受け易いトラックでも楽々走行、
しかし4600ccノンターボのディーゼルエンジンは最高巡航速度が100km/hにしかならない。
4速アクセル全開にして速度を乗せても5速へシフトアップすると何故か失速してしまうので。
それでも快適なドライブが続いた後に、有料道路を離れて山岳路が続く一般国道へ
進路を向けたのであった。この山岳路、本来は有料道路となるところなのに起伏が激しいため
大型車が高速巡航を出来ず止むを得ず無料の国道扱いとなっている程の難所、我々のトラックも
空荷にも関わらず4速ギヤで60km/hを保持するのが精一杯、もちろん登坂車線に居座って。
獲物を狩っていたインプレッサのパトカーやクラウンの覆面を横目に60分間の忍耐走行は終了し、
再び有料道路へ復帰したのである。
ETC車載器が数回の音を鳴らした後、トラックは都市圏の有料道路にて大渋滞に嵌まってしまった。
予定時刻に先方へ到着できるのか心配ではあるもののイライラしたってしょうがない、
隣に並んだキャリアカー上の真っ赤なスーパーカーを見ながら、
この遠征を行うことになった経緯をぼんやりと思い返してみた。
「コニーがありますが、引取ってくれませんか。買い取ってくれませんか」
毎年必ずクラブへ入ってくる情報に対して、保管スペースの制約や資金不足から
1台でも多く救い出したいとの思いとは裏腹に泣く泣くお断りしているのが現状である。
数ヶ月前にもそんな話が飛び込んできたのだが、また同じになるだろうとあまり気に留めず
暫らくしてから詳細を尋ねてみたところ、ある事から急にその車を我々の手で是非復元したいとの考えに変った。
しかし購入資金は全く無い、無理を承知で「無償で譲って貰えないでしょうか」とお願いしてみたところ
2ヶ月待つことにはなったものの無償譲渡OKと快諾していただいたのである。
しかしそれからが大変だった、遠方の車をどうやって持って来るのか、受取りに出向くなら誰が行くのか、
それに遠征費用確保という問題もある、更に雪の季節が迫っているからグズグズしていられない、どーする。
社内のあちらこちらに迷惑を掛けまくりながらも諸問題を解決して遠征が実行できたのは
OKの返事から9日目であった、よくぞ実現できたもんだと思いを巡らしたところで、
既にトラックが渋滞から開放されているのに気が付いた。
さあ先はまだ長い、果たして我々を待ち受けている車とは?
・
・
・
つづく。