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「取材が来た!」 |
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横浜、トヨタと立て続けにメジャーなイベントへ参加した効果は絶大で、すぐさま雑誌社からの
取材依頼が舞い込んできた。
それも旧車マニアのバイブル雑誌と言われる、あの“オールドタイマー”誌から。
もちろん二つ返事で引き受けたのは言うまでも無いが、何しろメジャー誌から取材を受けるのは初めてで
何を話せば良いのやら、イベントへ出るのとは違った緊張感。これはいかん(いけませんの意)、
我々だけで取材を受けたら話が続かないかもしれん、オーナーズクラブの人も呼んでしまおう。
というわけで、1996年7月13日に受けた取材はオールドタイマーVol.30に掲載されたのであった。
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オールドタイマー30号 (1996年10月号掲載) |
オールドタイマー誌の取材から1年ほど経った頃、急に愛知機械の総務課へ飛び込んできたのが
日刊自動車新聞社からの取材依頼、
1997年12月1日のことだったんだけど、うーん、なぜだかあまりよく覚えてないです。
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日刊自動車新聞 ( 1998年1月12日掲載) |
それから暫くしてから、遂にTVに出る日がやってきた。
1999年10月14日、TV愛知の夕方ニュースで特集された「ザ・復元」に。
東海地方で車や飛行機の復元を行っている企業を紹介するコーナーで、テーマは
「成熟した物づくりの時代に何故、復元という作業をはじめたのか?」だったかな。
その時の様子を文章にしたものが残っていたので、抜粋して紹介するね。
取材を受ける前日に約3年の眠りから覚めたAF3コニーは、エンジンも絶好調で取材当日を迎えた。
TV愛知のクルー3人は午前10時に港工場着、
まずは復元作業シーンをとのリクエストでサビを削る姿を撮影。
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次はクラブ員へのインタビューとの事で、カメラから1mの距離でNGを連発の撮影が行われた。
そして最後に取材のメインであるコニーの走行シーンへ。
が、エンジンが掛からない!焦る、焦る、でも掛からない。居眠り癖が抜けてないのか?
結局取材陣を待たせてキャブレターを分解調整する羽目になったが、30分後にようやく目を覚ました
コニーはカメラマンを助手席だけでなく荷台にも乗せて港工場の敷地内を何周も走り回ったのであった。
実際の放送ではそんなカッコ悪いシーンはカット、インタビューも上手く編集されており
クラブ員一同はホッと胸を撫で下ろしたのである。
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今から思えば、トヨタ博物館のイベント撤収時にエンコしてから全く走らせてなかったんだから
急に不調となっても不思議なことじゃあないわね。
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取材の話はこれでお終い、さて次回はスポットライトを浴びた話。